初代ジェネシス

| コメント(3)

1985年発売のヤマハのスポーツバイク、FZ750。いつ乗せてもらったんだっけなあ。たいした事前知識もなく袋井のテストコースで乗った開発最終段階のそれは、まったくもってそれまでのバイクとは異次元のパワーフィーリングとハンドリングを持っていて、エンジニアの人たちにコメントを求められても、うまく表現できなかったことを覚えている。なんだかすごい。なにがどうなんだかよくわからんけど、いままでにこんなバイクはなかった。これができたことで、これまでのバイクが終わったっちゅーことはわかる。ってなことを感じ、しゃべったような気がする。宣伝課の担当は、すごいパワーですねとか、よく曲がりますねとか、ブレーキ効きますね、ってなコメントを待ってたのか、ちょっと期待はずれな顔をしてたけど、エンジニアたちはニコニコしていたような気がする。
あのころのヤマハっちゅーメーカーは、とにかく軽量・低重心・マスの集中化を追求しまくってたメーカーだったように覚えてるけど、シリンダー45度も前に倒したことで、それらを別次元のレベルにまで高ちゃった。同時にエンジン倒したらダウンドラフトキャブ&ストレートな吸排気経路も実現できたためか、エンジンもすげーよかった。最高出力とか最大トルクとかの数値じゃなく(数値も良かったけど)、パワーフィーリングがヒトの感性に寄り添ってたのだった。もしかしたら、話題になった5バルブの吸排気効率も、そんな特性に大きく寄与してたのかもしれない。そんなわけで、新時代を拓いたテクノロジーにヤマハが名付けたのが「GENESIS」。創世記かー。うーん、伝わりにくいだろうなー。しかしそれが専門職のクセに、いい言葉が思いつかなかったのも事実。(^^;;; 果たして“ジェネシスエンジン”などと前傾エンジンの名前のように呼ばれたりすることもあったけど、あくまでもジェネシスは、エンジン特性とマシンの操安性をトータルで画期的レベルに向上させるテクノロジーだったのよね。
あー、ほんとにあのときの不思議な体験が忘れられなくて、いまもこうして街で見かけると中古バイク情報誌を買ってしまいそうになるのだった。(^^;;;

コメント(3)

俺はフェーザーが好きでした。今は全然見かけないけど。

このエンジンのパリダカマシンまで出てきたんですよね。
こちらは完全に色物扱いでしたけど。
ソノートの社長が自分で乗って出場しちまったんだっけ?

懐かしい前世紀。

懐かしい写真うちの方に上げときました。まあ個人的にですけどね。

国王すこぽんさん:
このとき同時にフェーザーも乗りました。さすがに250マルチだと広く長いテストコース、エンジン2万回転近くも回ってるのに、開けても開けても前に進まないような印象でした。(^^;;;

婆娑羅大将さん;
はい、拝見しました。日本じゃないような雰囲気ですよね、この写真。

ありましたねジェネシステネレ(笑)。オリヴィエ社長自ら走ってました。車重、197kgあったそうですね。
http://blog.yamaha-motor.jp/2007/02/20070220-001.html

コメントする

INFORMATION


ウェブページ

アーカイブ

OpenID対応しています OpenIDについて
Powered by Movable Type 4.261

LIVE CHIGASAKI



現在のサザンビーチです。

このブログ記事について

このページは、shunが2008年12月23日 16:01に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「水道橋でギター受け取り」です。

次のブログ記事は「三線でクリスマス!?」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ACCESS for TOPPAGE